稲作ゲーム『天穂のサクナヒメ』は神話
2020年の年末に話題になったインディーズゲーム『天穂のサクナヒメ』。稲作ゲームに斬新さを覚えた人も多いと思いますが、プレイを見ていて感じたのはシナリオが”良質な神話”であることでした。
単に神様が出てくるということでなく、このゲームのシナリオの構成は神話や英雄譚に共通する非常に大切な要素を押さえています。そのポイントというのは以下に紹介する本から読み解くことができます。シナリオの勉強にとちょうどこの本を読んでいたところ、家族がサクナヒメを横でプレイしていました。サクナヒメのストーリーを最後まで見ていると、本書の内容とリンクしている箇所がかなりある!と思いまとめてみました。
シナリオの教科書『物語の法則』
私のような漫画家など、シナリオを考える職種の人にはぜひおすすめしたい本です。シナリオ作成に全然関係ない人でも、見聞きした作品のシナリオのどこが面白いのかを考える上での一つの視点になります。また、他人にそれを説明しやすくなると思います。
この本はハリウッドのストーリー開発コンサルのボグラー氏と大学で映画を教える講師マッケナ氏の両氏によって創作術について書かれた本です。ヒーローズ・ジャーニーと呼ばれるパターンを応用した物語の展開術などが解説されており、多くの脚本家から高い評価を得ている書です。
英雄の旅路<ヒーローズ・ジャーニー>とは
ヒーローズ・ジャーニーは世界の英雄譚に共通する普遍的な要素を究明したアメリカ人研究者キャンペル氏によって提示された物語のパターンのことです。
ここで言うところのヒーローとは集団や文明の代表として旅立ち、偉業をなす人物の原型のことです。詳しくは本書を参照いただきたいですが、簡単には以下のような流れです。
- 日常:場に馴染めない、もしくは世事に疎い主人公の様子が描かれる。
- 冒険への誘い:外圧や内部の深い問題によって変化の始まりに直面する。
- 冒険の拒否:未知への恐れから冒険から逃げようとする、または不安を煽られる。
- 賢者との出会い:年長者から訓練や必要な道具、助言を受ける。
- 戸口の通過:日常世界を去り新しい価値観の存在する領域に入る。
- 試練、仲間、敵:新たな世界での試練と仲間に出会う。
- 危険な場所への接近:宝は迷宮の奥底にあることが多い。
- 最大の試練:世界の中心に入り、死や最大の恐怖に直面する。
- 報酬:死と直面して宝を勝ち取る。再び宝を失う危険が迫ることもある。
- 帰路:冒険を終え、故郷などに引き返す。敵に追われることもある。
- 復活:もう一度犠牲を払って再び死と再生の瞬間を迎えてより次元の高い人となる。
- 宝を持っての帰還:成長した主人公は宝を持って故郷に戻るか、そのまま旅を続ける。
これは皆さんの知っている物語でも共通している部分があるかもしれません。本書の中では『スター・ウォーズ』や『アーサー王伝説』などを例に詳しく解説されています。
サクナヒメのシナリオの場合
上記の要素を『サクナヒメ』に照らして考えると以下のようになります。
- 日常:親の財産を使って都でぬくぬく暮らしてきたサクナヒメ
- 冒険への誘い:状況は一変して鬼島(ヒノエ島)へ遠征を余儀なくされます。
- 冒険の拒否:当然都に留まりたいですが、渋々ながら出発します。
- 賢者との出会い:賢者は主人公にできるだけ付き添い、助言や武器を与えてくれます。タマ爺はずっと良き助言役であり、彼自身が強力な星魂の武器でもあります。
- 戸口の通過:鬼島ではサクナは日々の糧を得るために農作と探索をし、戦って安全領域を拡大しなければなりません。都とは全く違う世界に足を踏み入れていくことなります。
- 試練、仲間、敵:様々な試練や強い敵に遭遇し、それを乗り越える度に、仲間が増えてサクナの支えとなります。
- 危険な場所への接近:諸悪の根源を絶つためどんどん地下へと潜っていきます。
- 最大の試練:火山活動により家屋と田畑が台無しにされ失意に打ちのめされるサクナ。深手を負って雌伏の時を過ごしていた大龍が目覚めつつあるためでした。かつて戦神の父ですら仕留め損ねた大龍はあろうことか更に強くなって大禍大龍としてサクナの前に現れます。
- 報酬:サクナの仇敵であり、恨みの権化となっていた大禍大龍を退けたサクナは求めていた島の平穏を得ると同時に麓の世から戦乱が去りつつあることを知ります。
- 帰路:まだサクナは島へは戻れません。羽衣の真の力を開放した代償として消滅し始めます。
- 復活:死ぬと思えた主人公は生き延びます。大龍から開放された父母が現れ羽衣の求める対価は彼らが払うと言います。父母とは最期の別れですが、両親の愛を知ります。
- 帰還:日常世界へと戻ってきます。名実共に最上の豊穣神となったサクナは麓の世に平穏をもたらし続けます。
英雄の内面的旅路
本書では主人公が解決すべき外的問題と内的問題が必要と説いています。『サクナヒメ』においても主人公の内面的な部分も外的問題の経過とともに変化する様も描かれており、よく当てはまっているように思います。
主人公のサクナは到底かなわないと思えた大龍の討伐を決心するまでに、心理面での成長が描かれています。サクナが都に戻ろうとしたり、実際に都に戻ることがあっても島のことが気がかりになったりと、当初は自己中心的だったサクナは仲間を気にかけるように変わっていき、島を守れるのは自分をおいて他はないと自覚するようになります。
内面と外面のバランスは時として物語の性質によって変わってきますが、どちらも満たす作品がより観客の満足させられる作品に思えるとの本書にはありますがその通りだと思います。
まとめ
本書にはキャラクターを作り方など創作上参考になることがまだまだたくさんのことが書かれていますが、サクナヒメが如何に神話的ストーリーのツボをおさえているかという観点に絞って本書の卓見性を述べてみました。
『物語の法則』が気になった方はぜひ読んでみてください。非常に普遍性が高い法則を説いた本書には納得させられる部分が多く、読み物としても面白いと思いますのでおすすめです。
おまけ

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